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福岡地方裁判所 昭和38年(行)12号 判決

原告 林雅親

被告 筑紫野町農業委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告は別紙目録記載の土地につき、農地法第八条所定の公示および通知をなすべき義務があることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

一、請求の原因

(一)  別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は訴外樋口鉱業株式会社(所在地福岡市材木町四一番地)の所有である。

本件土地は昭和一〇年一〇月八日訴外樋口清八が売買によりその所有権を取得したが、同人が昭和二三年一二月七日死亡したので、訴外安部君代が相続によりその所有権を取得し、昭和三二年五月九日相続登記を経由し、同人は昭和三二年三月二〇日訴外樋口鉱業株式会社に本件土地を売り渡し、同年五月九日所有権移転登記手続を了した。

(二)  本件土地は農地(畑)である。

本件土地はもと地目畑であつたが、前記樋口清八死亡後で前記安部君代相続前である昭和二四年三月一四日地目を宅地に変更されている。しかし、その現況は畑である。

(三)  原告は本件土地の耕作者であり、自作農として農業に精進する見込ある者である。

(イ) 原告が本件土地を耕作するに至つた経緯   原告は昭和七年五月四日九州水力電気株式会社二日市駐在員として福岡県筑紫郡筑紫野町二日市町字二日市七七三番地の四に移住してきたが、近隣に訴外樋口清八所有の別荘および貸家六戸があり、原告が同人から右建物の管理を委ねられた際、右管理に対し別段給料等の報酬を支給されないが、その代償として本件土地の耕作を許諾されたので、昭和一〇年以降原告は本件土地の耕作を始め、今日に至つている。

(ロ) 原告が自作農として農業に精進する見込ある者であること   原告は昭和二四年五月前記九州水力電気株式会社を定年退職した後、農業を専業とし、本件土地を耕作してきている。また、原告は昭和二六年一一月一二日福岡県筑紫郡筑紫野町塔原二八番地の一、畑(現況田)一反四畝二四歩を訴外森コイから買い受けてこれを耕作していたが、所有権移転登記を経由していなかつたため、国が右土地を買収し、その後原告は国からこれを賃借して耕作している。従つて、原告は右土地と本件土地を併せて合計三反七畝二〇歩を昭和二六年一一月以降耕作しているわけである。

(四)  本件土地は農地法第六条第一項第一号に規定する不在地主の小作地である。従つて、国によつて当然買収せらるべき農地であるから、被告は本件土地の買収計画を樹立し、買収のため同法所定の手続をなすべき義務がある。

(イ) 原告は昭和三三年六月六日および昭和三四年七月二〇日被告に対しそれぞれ文書をもつて本件土地の買収計画樹立方を請願した。これに対し、被告は昭和三四年一〇月一三日原告に対し文書をもつて、原告は本件土地を管理中逐次使用耕作を拡張したもので、買収することは不当と解する旨通知した。

(ロ) 原告は昭和三四年一二月一六日福岡県知事に対し、文書をもつて、本件土地の買収計画樹立を、また原告が賃借中の前記国有農地については原告に対する売渡計画樹立を申請した。この結果、被告は昭和三五年六月二九日前記国有農地を同年一一月一日原告に売り渡すよう、農地法所定の手続をなす旨契約が成立し、本件土地については、同日原告と訴外樋口鉱業株式会社との間に、同社が現に原告の居住する家屋とその敷地五〇坪を原告に贈与し、同年八月末日までに右敷地上の抵当権等の登記を抹消したうえ、原告に所有権移転登記をなす、原告は同社に対し本件土地を同年一一月末日までに離耕して明け渡す旨契約が成立した。右契約に従つて、被告は前記国有農地について同年一一月一一日原告に対し農地売渡書を交付し、所有権移転登記手続を了したが、訴外樋口鉱業株式会社は原告に対し前記契約の義務を履行しないので、原告は右履行を催告のうえ、昭和三六年四月一九日同社に対し前記契約解除の意思表示をした。

(ハ) ここにおいて、原告は昭和三六年六月六日再び被告に対し文書をもつて本件土地の買収計画樹立を申請したが、被告はこれをしない。

(五)  よつて、原告は被告が農地法に基づき本件土地の買収計画を樹立し、同法第八条所定の公示および通知をなすべき義務があることの確認を求める。

二、被告の本案前主張に対する反論

農地法に基づく農地買収処分と農地売渡処分は牽連関係がある。原告は昭和一〇年以降本件土地の小作人であつて、現に三反以上の土地を耕作している外形的事実がある以上、自作農として農業に精進する見込のある者で、しかもこの認定は農業委員会の恣意に委ねられたものではないから、原告は本件土地を買収後国から売渡を受けるべき法律上の利益があり、これを前提として原告が本件土地の買収を求める利益を有する。しかして、農地法第八条所定の公示および通知は行政処分、もしくはこれに準ずるものである。従つて、本件は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴であるから抗告訴訟である。

第三、被告の主張

一、本案前の主張

(一)  農地法第八条所定の公示および通知は行政処分ではないから、これを前提とする本訴は不適法である。

農地法第八条所定の農業委員会の公示および通知は同法第九条によつて国の買収が行われる前段階において買収処分の適正を期すため法律が特に定めた行政手続である。すなわち、農地法は、農地はその耕作者自らが所有することがもつとも望ましいという考えから、その目的のために農地に対する所有を一定の枠内に制限し、右所有制限に触れる農地の所有は違法なものとして農業に精進する耕作者へ手離させ、自作農創設事業を維持発展させようとするものである。従つて、右公示は、小作地が所有制限に触れていることを公に確認し、その土地を譲渡しなければならないことを知らせると同時に、譲渡しないときは国がこれを買収するという警告的な意味をもつている。農業委員会が公示の内容について十分に正確を期す必要があることは当然のことながら、公示が直ちに買収の基準になるとの考え方は同法第九条の規定からみても根拠がない。右公示は県知事の買収処分適否の手続要件であるが、農業委員会自ら買収処分をすべき権限をもつものでないから、たとえ農業委員会が右公示をしても、公示そのものによつて何人の権利義務にも影響するところがない。

(二)  公法上の義務確認を求める訴は、司法権の範囲に属しないから、本訴は不適法である。

農地法第八条所定の農業委員会の公示および通知が行政処分であるとしても、このような行政処分をするかしないかは専ら行政庁の固有の権限に属するものであつて、裁判所は、各種行政法規に特別の規定がない限り、行政庁に代つて自ら処分を命じたり、あるいはこれと同様の効果を生ずるような義務確認をすることができないものである。このことは三権分立の原則からみて明らかである。さらに、行政事件訴訟法は行政庁のなした行政処分の事後審査を本則としているから、行政庁が未だ処分をしないうちに、これに先立つて特定の処分をなす義務があるか否かを判断することは許されないものと解する。行政事件訴訟法が特に不作為の違法確認の訴を規定したのは、行政庁の不作為自体を一種の行政処分と看做したからであつて、これが違法かどうかについてはやはり事後的な判断を求めるものであるとしている。

(三)  原告は本訴請求の利益を有しない。

(イ) 農地法第六条第一項所定の農地の小作人は、同法第八条以下に定める買収手続を申請する権利を有しない。すなわち、同法第八条の規定に基づき農業委員会が所有制限に触れる小作地について同条所定の事項を公示して縦覧に供し、かつ所有者にその旨を通知して買収に着手した後においても、なお同法第九条により右公示の日から一ケ月以内に土地所有者の任意の譲渡、解約を認め、また右所有者から同法第三条、または第二〇条の許可申請があり、これに対して未だ処分がなされない間は、処分があるまで国は買収することができないとされている。このように、農地の買収手続においては、一次的に土地所有者に対してその違法状態を任意に解消することを促し、一定期間内にそれがなされない場合に初めて国が買収することになるのであるから、同法第三条第二項の規定によつて買い受ける資格がある場合でも、それは同法が小作地の所有者に対し小作農以外の者に所有権を移転することを禁止したことの反射的利益たるに止り、これをもつて小作人に買受の権利を附与したということはできない。

(ロ) 農地法第八条以下の規定による農地買収処分と、同法第三六条以下の規定による農地売渡処分とはともに独立の行政処分であつて、後者が前者の後続処分でなく、牽連関係はない。従つて、国が買収した小作地について小作人がこの売渡を受け得たとしても、これは小作人が同法第三六条第一項第一号の規定に該当し得たという反射的利益に外ならず、同号の規定によれば、小作人であつても、自作農として農業に精進する見込がある者についてのみ売渡をなし得るのであつて、この認定は農業委員会が裁量によつて決すべき事項である。それ故、売渡処分前、いわんや買収手続前において売渡を受ける資格を云々する余地はなく、不在地主の所有する小作地の小作人であることの一事をもつて買収手続を求める利益を主張することはできない。

二、本案についての答弁

(一)  請求原因(一)の事実中、登記簿上原告主張の各所有権移転登記がなされていることは認める。

(二)  同(二)の事実中、原告主張の日に本件土地の地目が畑から宅地に変更されたことは認めるが、現況が農地(畑)であるとの点は否認する。

本件土地はかつて畑として耕作されていたが、戦前すでに耕作が廃止され、宅地となつていたものを原告が所有者に無断で休閑地利用の菜園として耕作を始めたものである。従つて、農地のような外観を呈していたとしても、農地法にいう農地にあたらない。

(三)  同(三)(イ)の事実は不知。同(三)(ロ)の事実中、国が原告主張の土地を買収し、原告に賃貸していることは認めるが、その余の事実は不知。

(四)  同(四)(イ)の事実は争う。

同(四)(ロ)の事実中、原告と訴外樋口鉱業株式会社との間に原告主張の覚書が交換されたこと、および同社が覚書記載の義務を履行していないことは認める。原被告間に原告主張の国有農地について売買契約が成立したことは否認する。その余の事実は不知。

原被告間には、国が農地法に基づき原告に対し原告主張の国有農地を売り渡す意味で覚書が取り交されたものであつて、契約が成立したのではない。

同(四)(ハ)の事実中、原告が被告に対し原告主張の申請をしたことは認めるが、その余は争う。被告は原告の右申請に応答する義務はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

先ず、被告の本案前の主張について判断する。

農地法第八条に規定する農業委員会の公示および通知は、これによつて右公示にかかる土地の所有者は所定期間内に任意譲渡をしない限り、国によつて買収されるという拘束を受けるものであつて、公示および通知は、国民の権利義務に影響を及ぼすものであるから、一つの行政処分と解するを妨げない。そこで行政庁に対し行政処分をなす義務があることの確認を求める訴の適否について考えてみるのに、行政庁が裁量権に基いてなす行政処分については、裁判所が事前にこれに介入し行政庁に対して行政処分をなすべき義務の存否を確認することは三権分立の立前上原則として許されないと解すべきであるけれども、行政庁のなす行政処分の内容が法律上覊束されていて、裁量の余地がなくしかも裁判所の事前審査によらなければ他に救済手段のないような場合には、行政庁の義務確認を求める訴は行政権の侵犯とはならず、当然許されてしかるべきものと解するを相当とする。本件においては、本件土地が不在地主の所有する小作地であるか否かが問題となつているのであつて、若しこのことが肯認された場合には、被告は必然的に買収のため、通知公示をなすべき義務を負うものであり、そこには裁量の余地はなく、しかも被告の買収手続不開始という職権不発動に対して、原告の側からは他に救済手段が存しないのであるから、かかる場合には行政庁に対する公法上の義務確認の訴は許されるものと解すべく、本訴を不適法とする被告の主張は採用できない。さらに、農地法所定の農地買収処分とその売渡処分とは、行政処分としては別個のものではあるが、しかし農地はその耕作者自らをして所有せしめることを適当と認め、耕作者の農地の取得を促進しようとする農地法の目的から見れば相互に牽連する一連の手続であつて、原告が農業を専業とし、現に本件土地を耕作しているとすれば、原告は、本件土地の買収処分によつて買受資格を取得し得る利益を有するものであり、従つて、原告には本訴によつて行政庁に対し義務確認を求める利益があるものといわなければならない。

そこで、本案について判断する。

本件土地の地目がもと畑であつたが、昭和二四年三月一四日これを宅地に変更されたことは当事者間に争いがなく、証人樋口光明の証言および検証の結果を綜合すれば、本件土地は訴外樋口清八が昭和一〇年ごろ住家建築の敷地として購入したものであつて、同人は本件土地に隣接して二軒長屋を建てたこと、本件土地は国鉄鹿児島本線二日市駅のほぼ西方約五〇〇メートルに位置して、筑紫野町の中心部に近く、近隣には筑紫野町役場、中央公民館、農協、小学校があり、本件土地は小高い台地の突端部にあたり、三方を崖で囲まれ、若干の起伏はあるが概ね平坦な土地であつて、現に耕作されているけれども、本件土地の周囲には楠、はぜ、銀杏等の相当大きな樹木が並んでその樹枝を拡げ、本件土地内にも柿等の果樹があること、本件土地の周辺は閑静で、その南側には原告の住家があり、西方および東方には住家が並び、北方の崖下には新しい住家と建築中の家屋があり、北西方に一部水田はあるがその先は住家が並び、北東方の崖下は低湿な雑草地で、南東方の崖下には工場や密集した住家がある状況を認めることができる。右事実をもつてすれば、本件土地が仮りに農地であるとしても、客観的に近く宅地化されること明白であると認められるので、農地法第七条第一項第三号に規定する指定の有無にかかわらず、同号にいう近く農地以外のものとすることを相当とする土地に該当するものといわなければならない。

そうだとすれば、本件土地は農地法にいう買収の対象たる土地に該当しないので、被告がこれについて買収手続を開始しないことについて何ら違法の点はないものといわねばならず、従つて、原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江啓七郎 諸江田鶴雄 富田郁郎)

(別紙目録省略)

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